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江副浩 氏 『イスラエルの会社って・・・。』

※本インタビューは、2010 年5 月上旬に行われたものです。
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AeroScout 社へ入られた経緯は何でしょうか?

江 副
AeroScout 社は、以前は、BlueSoft 社という名前でした。電波を使って距離を測ったり、位置を特定したりという基礎技術が、イスラエルの軍事技術であり、それをスピンアウトして民生化しようとして設立した会社です。

2002 年頃は、Bluetooth の距離検知技術を持っていまして、Wi-Fi の位置検知技術もあり、他の技術も持っていたのですが、具体的なビジネスは確立されていない時期でした。
その頃、「彼らが日本へ進出したい」という希望があり、当時、日本の大手企業何社かもその技術へ興味があるという話で...

興味があるなら会ってみたら、ということで、軽い気持ちで、当時の社長と話をして、日本へ連れてきて、日本の興味がある会社へ会わせていました。

「日本事務所を置きたいのだけど、人を雇う資金もないので、コンサルベースで契約をするので、日本の代理人のような事をやってくれないか?」

と相談を受けまして...。

そこで、最初の日本側の代理人として動き始めたわけです。 日本の会社さんとビジネスの可能性を模索していくと、どんどん出てきまして、

「これだけ可能性があるなら、会社を作った方が速いのでは?」という事になり、

そうしたら社長から、

「うーん、作ってみようか。」

ということになり、普通そうなると代理人の立場は、契約解除され、日本法人ができて、社員を雇って、そこで終わりになるわけです。
そうなると、私は契約解除されると思っていたところ、社長から、

「日本の法人をやってくれないか?」

と話が進んでしまい...。

ただ、技術特許だけを持っていて、出資する資金は苦しいということで、出資についても、可能性があり、リスクも少ないので、iLand6 から資本を入れて、日本法人を設立しました。

元々は、彼らのコンサルタントでしたが、そのまま社員になってしまい、日本の顧客企業へは、「イスラエルの会社の代理人」ということだったのが、気づいたら、「AeroScout 社の取締役です」という状況で...。

日本のお客様とも話がスムーズにいき、その点はよかったのですが。

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なるほど。
ということは、会社立ち上げ期特有の苦しさは、なかったのですか?

江 副
いや、やっぱり、ありますよね。(笑)

日本は、法律的に、様々な技術を持ち込むことに少し壁があります。電波法 の問題があり、技術適合証明 の認定がないと、日本国外から持ち込んだ機器の電源を入れると違法になります。

世界中に電波法のような法律はありまして、FCC とかいくつかの法律に準拠したスタンダードが揃っていますが、日本だけ少し特殊性のある法律で、そのためリミットをかけたり、細工を施したりしないといけない。

最初はそこが、一番苦労しましたね。それを、クリアしないと売上は立たないですからね。

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前職は近い領域のお仕事でしたよね?


江 副
そうですね、NTT にいましたので、法律の事はある程度仕組みを知っていましたし、資料を作り、そういう基準をクリアしていく方法は知っていました。

ただ、そのために合わせて作ったものと、全く想定していなくて作られたものをその基準に合わせていくことは、全く違います。認定を受ける際、昔勉強した事をやり直していっても、法律は毎年変わっていて...。

ですから、当時勉強した状況と随分状況が変わってて、「あれもいる」 「これもいる」 という話になり、大変苦労しました。その後、PSE 問題 の話も出てきて、AC アダプターがそのまま使えないとか...。

それも申請となり、大変でした。

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AeroScout 社で、7 年間以上ほど働かれていて、一番苦労された事、失敗された事は何でしょうか?

江 副
最初の2002 ~ 2004年頃、日本のお客様が結構興味を持たれ、検証を始めたのですが、全然使い物にならなくて...。お客様から「最初の話と違う。」「全然動かない。」「これは何だ...。」と言われ、最初からエライ目に合い、挫けました。

海外で精度が出ていたのですが、日本ですと精度が出ずで、その原因が全く分かりませんでした。最初から、技術的なところでつまずき、イスラエルの会社って...。

その後、室内で位置検知をする場合、天井の高さ、建物の素材が海外と圧倒的に違うことが、わかりました。ただ、それは目で見てわかるレベルではなく、電波の世界でないとわからない。 そういったことが、最初は、全く分からないもので...。(笑)

何が何か分からないけど、とりあえず、電波状態を、全部記録をとり、ラボへ集めようと。それで、お客様からは動かないから、「何だコノヤロー」 と言われながら・・・。

いろんな環境へ設置をして、データを集め続けました。 日本だけで、40か所ぐらいの違う環境のデータを集め、分析の結果、いろいろな原因がわかっていきました。

解決するかは、誰もわからず、何せ、出口が見えませんでしたから、それをクリアするまでが、苦しかったですね。「データがいる」と研究所から言われていましたが、データを集めることも、自分の手がかかわるわけですからね。結局、半年~1 年ぐらい、現場に行って、機器を設置して、電波状態を測定して、持って帰ってきてラボへ伝えて、ということを何十か所やっていましたから。

すごく、酷でした。それをコツコツやっていき、原因が一つ一つ特定していきました。ただその期間、検証機は売れても、返品で戻ってくる状況でした。製品がまともに動き出したのは、2005年辺りに入ってからだと思います。

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そんなに遅かったのですか。

江 副
そうですね。
2002 年から始まって、3 ~ 4 年ぐらいは、本当に苦しんでいました。

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